はじめに

撮影画像から天体の光度を測定する際には、一般的に測光用開口部と背景の双方について測定をおこない、開口部の値から背景の値を差し引くことによって求めている。
Limovieは、AVI形式のビデオ画像について、上記の方法を用いて、フレームごとの天体の光量を測定している。
ビデオ画像は、冷却ＣＣＤなど他の映像ソースと比較して、ＣＣＤの熱ノイズをはじめとするノイズが多く、また、撮影されるのは星食観測が多いことから、シンチレーションや薄雲の影響が大きい時など、観測条件が厳しいものが多い。これらの観測を阻害する条件は、天体の像だけでなく、背景領域にも多くの影響を与えている。
ここでは、ビデオ画像の中から、より精度の高いデータを得ることを目的とし、背景（Background）領域のピクセル数とデータの安定性について、実際の測定をもとに考察をおこなった。また、実際の測定の例についても、これらの考察を元に再検討し、測光用開口部(Aperture)領域のサイズについても考察を加えた。

１．開口面積（ピクセル数）とバックグラウンドのデータ

一般的に考えて、ノイズやシンチレーションなどは、偶然に支配されて起こると考えられる。したがって、天体等が写っていない領域（背景：以下バックグラウンドと表記）にある複数のピクセルは、そのおかれた諸条件に応じた平均値を持つ任意の値をとると考えられる。
バックグラウンドを測定するためのピクセルの数が少ない場合は、標本数が少ないこととなり、確率誤差が大きくなる。 一方、バックグラウンドのピクセル数を増やそうとすると、確率誤差を少なくできる代わりに、領域の径を大きくしなければならず、他の天体やその天体の光芒が近くにあればその影響を受ける可能性も大きくなってくる。また、（僅かな時間ではあるが）プログラム上で処理に要する時間も増えてくることになる。
このことから、バックグラウンド領域の大きさと、データの安定性（確率誤差の現れ方）について、測定をもとに考察し、測定データを正しく評価できるようにする必要がある。

２．バックグラウンド領域の光量測定

ピクセル数とデータの安定性の関係を調べるために、次のような実験を行った。

(1) １つのビデオファイルの同一の場所で測定する。

ここでは、次のふたつの画像を用いた。

[1] May.3 2003のガリレオ衛星食を撮影したビデオ中の、11:57:00:01.200(UT) からの４００フレーム
[2] Oct.13 2002のXZ27317の食を撮影したビデオ中の、10:48:00.867(UT) からの４００フレーム

また、フレーム中の、X=100 , Y=100 の点を中心とする円形の領域を測定した。

(2) ソフトウエアLimovieを用い、領域の光量の合計を測定する。

通常は星像の含まれる領域を測定する「開口部」（以降アパチャーと表記）を、画面上の何も写っていない部分に置いて、その面積（ピクセル数）を変えながら、測定をおこなった。 アパチャーを用いたのは、面積を連続的に変えて測定するのに都合がよいためと、また、この画像にはピクセルに依存するノイズ等の要因も認められないことから、確率的に起こるであろうデータのゆらぎを評価するためには、あえてバックグラウンド領域で測定する必要が認められないことによる。
アパチャーの直径を(Limovieでいうところの）０から２４まで変えることで、ピクセル数を変化させて測定をおこなう。

(3) 測定値の扱い

Limovieを含めた光度（光量）測定ソフトウエアにおいては、星像の測光値(Lv)は
　 Lv = Aperture光量合計 - (Background光量合計*Apertureピクセル数/Backgroundピクセル数)
として計算される。
このことからわかるように、バックグラウンドの値は、１ピクセルあたりの値として計算され、それにアパチャーの面積をかけてアパチャーの値から減算される。 したがって、測定値に与える影響は、バックグラウンドの数値ではなく、その数値に対する（確率誤差として現れる）変動の割合であると考えられる。
そこで、４００フレームの測定の平均値と標準偏差を計算し、
変動の割合 = 標準偏差　／　平均値
として計算した。

(4) 測定結果
測定結果(表１)は別ページに示す。
測定結果を図１に示す。

図−１　ピクセル数とバックグラウンド光量のばらつきの度合い

３．考　察

(1) 統計的な考察


最初仮定したように、ノイズ等がすべて偶然に支配されて起こる（ガウス分布にしたがう）とするならば、測光値（データ）と誤差（データの揺らぎ）は ａ：全ピクセルの測光合計値　　次のように表現できる。
ａ　±　√ａ
ここで、Ｎ：ピクセル数　とすると
ピクセル１つあたりの測光値(Ａ)および誤差は、　ａ＝Ａ*Ｎ　であることから、 Ａ*Ｎ ±　√(Ａ*Ｎ) 　となり、
Ａ　±　√(Ａ／Ｎ)　と表現することができる。
これより誤差（データの揺らぎ）は　、１／√Ｎ　［ピクセル数の平方根の逆数］となるはずである。
図１の赤色の線は、［ピクセル数の平方根の逆数］である。それぞれの測定結果は、この線から大きく離れてはいない。
また、よりノイズの多いXZ27137のビデオの方がより理論値に近いことは興味深い。

(2) 観測に応用するための考察

標準偏差の平均値に対する割合は、ピクセル数の増加に伴って減少する。
特に２００Pixel以下の場合に現象の割合が大きく、それ以降はゆるやかに減少している。
もし、何らかの理由でバックグラウンドの外径を小さくとらなければならない場合には、少なくとも２００Pixel以上とれるように設定を工夫することにより、データの安定性を限られた条件下で高めることができる。
また、標準偏差の平均値に対する割合（光量計算への変動の影響の程度）が１０％以下となるのが、ピクセル増加の効果の少ないガリレオ衛星食の場合でも約６００Pixelであり、これ以降の変化量は少ないことから、バックグラウンドとしては６００Pixel以上を確保するようにすれば、よりデータの安定が得られると考えられる。
ソフトウエア Limovie[0.9.7][0.9.8]においては、バックグラウンドは Inner=16 Outer=24 で、９２０Pixels がデフォルトとなっている。
当初の数値（外径２０）よりも外径を大きくとったことで、再測定したガリレオ衛星食のデータは、特に星像の光量が少なくなった状態での揺らぎが格段に減少している。様々な測定をおこなう上で、可能な限りバックグラウンド面積を大きくとっていくことが重要であると考えられる。

(3) 他の測定の必要性

上記の結果は、ビデオの２つについて測定したものである。測定したビデオデータは、比較的透明度等もよく、XZ27317が微光であるということ除けば、好条件であった。薄雲などの条件が加われば、バックグラウンドの様子も変わってくると考えられる。今後、様々なビデオ記録について同様の測定をおこない、考察をすすめる必要がある。

４．実際の測定に対する応用と、Aperture領域のサイズの検討

(1) ガリレオ衛星食(May.3 2003)

ガニメデの影によるイオの食について、減光が大きくなった頃を、バックグラウンド領域の大きさを変えて測定した。


Background領域が小さい	Background領域が大きい
Average=254.6 Stdev=158.9	Average=236.4 Stdev=104.2

グラフからも明確にわかるように、Background領域の広い方が、データの変動が少なくなっている。標準偏差では約2/3となっている。

(2) 小惑星Elpisによる恒星食
2005.6.6UT (59)Elpis による HIP44831(mag7.4) の食
辻塚　隆氏(福岡市飯塚)が観測されたビデオについて、ApertureとBackgroundの広さを変えて測定した。

(a) Backgourndの設定による測定値のちがい


右のグラフが、Backgroundの調整により、データを改善した例である。

Backgroundが狭いときは、星像のあるときとないときの振幅が重なり、どのフレームで減光(星像消失)が起こったのかがわかりにくくなっている。
Backgroundを広くすると、振幅が小さくなり、両者の区別がつくようになった。


(b) Apertureの設定による測定値のちがい



Apertureを狭くすることにより、振動成分が減少する。上の例では、Apertureの半径を半分にする(Pixelは1/4)ことにより、より振幅が小さくなり、数フレームかけて減光するようすも、よく見えるようになった。

これは、ノイズの多い画像の場合、Aperture内にもノイズの光点があり、Aperture領域が広いほどこれらのノイズも多くなるためであると考えられる。特に、淡い星像の場合、星像の光量に対してこれらのノイズが多くなると、Aperture内のS/N比が低下することになる。輝度の高いノイズが確率的に発生する場合には、Backgroundの数値の減算によってノイズ成分を打ち消すことは困難になる。
ノイズの多い画像では、あるいは、星像が淡く、相対的にノイズの影響の大きい画像では、Apertureを小さく設定することにより、S/N比を高めることができると考えられる。


観　測 機材：25cm F7.2 Newton反射, WAT-100N 保時：GHS+TIVi 観測者：辻塚 隆 Takashi Tsujituka (福岡県飯塚市) ＊グラフは、TIVi表示で、21:26:30.47 - 21:26:45.47　の間フレームの測定値を示している。 なお、このTIViによる時刻表示は実時刻より0.16秒遅れている。(せんだい宇宙館　早水氏の解析による) ○辻塚様には、貴重な観測のビデオをご提供と掲載の許可をいただきました。感謝申し上げます。

５．参　考

測定条件について、参考になるサイトです。

せんだい宇宙館　観測室−星食−Limovie評価
　
せんだい宇宙館　早水　勉氏による、Limovieの活用例です。
いくつかの特徴的な「小惑星による恒星食」について、Limovieを用いて光度測定と解析をおこない、新たな知見が得られています。

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