重星SAO98768 の解析 - Linked Tracking による測光精度の改善 -

宮下和久

初稿 2007.11.03

改訂 2007.11.04


1.はじめに

石田正行氏から、重星SAO98768の暗縁出現を撮影したビデオをお送りいただいた。輝面にたいへん近い現象であることと、暗部は地球照で明るくなっている。そこで、正確な測定を行うためにLimovieの設定について最適化を図り、主星・伴星の等級と現象時刻を得た

また、Limovieについて、Linked Tracking の扱い方や、等級を求めるための光量の平均値の表示など、解析に活用できる新機能と活用法もあわせて紹介する。

なお、本稿に用いた テストバージョンの Limovie Ver.0.9.27bは、以下よりダウンロードできる。

limovie0927c.zip  


図1 観測ビデオより静止画キャプチャした画像


2.Linked Tracking (関連追尾)

この機能は、IOTATom Campbellにより提案されたものである。機能名と、相対位置可変の機能については、Henk J.J.Bulder 提案による。

風などで画面が揺れるときや、極軸の設定が充分でないときは、画面内を星像が移動する。Limovieは星像追尾機能を持っており、一定の条件下で星像を測定用apertureの中心に置くように動作する。このときの動作には、AnchorモードとDriftモードの二つがあり、前者は最初に設定された画面上の位置を中心に、Tracking Radiusで設定した半径を最大値として星像を探し、測光領域を重ねる。星像が大きく移動する場合には、測光領域から外れてしまうこともあるが、掩蔽により星像が消失したときにも測光領域の位置が大きく変わることがないことから安定している。一方、Driftモードは、星像を追って画面内を自由に移動することができる。小惑星による恒星食のときにしばしば見られるよう星像が完全に消失しない場合には、きわめて有効にはたらく。しかし、星像が完全に消失したときは、地球照で光る月縁やバックグラウンドの光点などを追って測光領域が移動してしまう。Linked Trackingは、対象星を含む2つの恒星を同時に測定することにより、2つのモードの長所を生かそうとした機能である。現象時刻付近において、比較星は消失することなく輝き続けることから、Driftモードで追尾することができる。対象星はAnchorモードとし、その中心(投下された碇をイメージしてください)位置が、比較星の動きと連結されていることから、対象星に対する測光領域の位置あわせは、シンチレーション等に起因する比較星と対象星の相対位置のずれを補正するのみでよい。


図2 Linked Trackingのしくみ



具体的には、次のように操作する。なお、以下の機能は、画面内に2つの恒星が写り込んでいることが条件となる。

1. 対象星用測光領域の設定

(1) 対象星にカーソルを合わせ、左クリックして、測光領域Object1(青色)を対象星に合わせる。

(2) Tracking Threshold を設定する。

バックグラウンドが充分暗いときは、50でもよいが、たいていはバックグラウンドが明るく、調節が必要である。

バックグラウンドが明るい場合、大き目のApertureだと、星像クリック直後には充分に中心が合っていない。Tracking Threshold50からだんだんに上げていくと、測光領域が中心に合うように動くところがある。多くの場合、80程度であり、その値に設定すればよい。

(3) Star Profile 3D ボタンをクリックし、星像を確認する。測光用Aperture(赤色)がちょうど星像を取り囲むような大きさに半径を設定する。

 *ノイズが大きい場合には、Noise reduction の半径を移動平均の3に設定すると見やすくなる。この場合、星像の裾が1ピクセル外れていても問題ない。

(4) Tracking mode Anchorモードにする。

(5) Star Tracking Radius を、小さい値に設定する。拡大率やシンチレーションにもよるが、2〜3に設定するとよい。

2.比較星用測光領域の設定

(1) 比較星にカーソルを合わせ、右クリックする。ポップアップメニューから Object Star Add を左クリックする。

Object2(黄色の測光領域)が現れる。

多くの場合、充分に中心が合わないことから、再度星像を左クリックして、正確に合わせる。

(2) Tracking Thresholdを設定する。方法は、対象星と同様。

(3) Apertureの半径は、対象星と同じでよい。

(4) Tracking modeDriftモードにする。

3.カレントオブジェクトの変更

画像を右クリックし、ポップアップメニューのObject 1()を左クリックして、青色の測光領域がハイライトされるようにする。

これは、基準となるObject 2(黄色)の位置が不用意に画面をクリックすることで変わってしまわないようにするためである。

4. Linked Tracking の動作を有効にする。

Linked Tracking Obj2=>1 にチェックを入れる。

5. 測光をおこなう。

* フレーム表示用のスライドバーや+/-10secボタンなどでフレームの進みを大きくすると、測光領域の位置が星像から外れてしまうことがある。これは、1フレームずつ追尾を行いながら基準位置を変えていくDriftモードの特徴である。画面の送りや戻しをするときは、+/-1secボタンを活用するとよい。


視野内に別の恒星が写っていないときは、月縁に輝点があればそれをObject 2として利用する。ただし、この場合は、月と恒星は相対位置を変えていることから、ビデオファイル上の2つのフレームにおいて位置あわせをおこなう。Liked Tracking2つのSetボタンをそれぞれビデオの時間的に早いフレームと遅いフレームで押しておくと、Limovieの測光部は月の輝部の位置から計算して、恒星の動きを一定に保つように移動する。 これにより、恒星を利用したLinked Trackingとほぼ同様の効果を得ることができる。


3.Linked Trackingの効果

図3は、Linked Trackingを用いて測定したグラフである。 図4のLinked Trackingを使用しなかった場合の結果と比べて、最も大きな相違点は、星像出現前の値である。Linked Tracking を用いた場合がほぼ0であるのに対し、用いなかったときは150という高い値を示す。これは、Apertureが地球照で明るくなった月縁を検知して、星像の場合と同様に明るい部分を中心に置くように移動したため、地球照の明るさが測定されているためである。それに対してLinked Trackingの場合は、Object 2 の測光領域は、Object 1にリンクしており、Tracking Radiusを小さく設定した場合には、月縁に大きく入り込むことはない。星食観測からコンポーネントの等級を得る際に、星像消失時の値は精度に大きく影響する。地球照で月の暗部がはっきりと認められるときには、可能な限りLinked Trackingを用いた方がよい。

また、図5に、月の輝点を基準にしたLinked Trackingの結果を示す。この場合も、恒星によるLinked Trackingを用いた場合と同様に星像の消失時の値に大きな改善がみられる。



図3 同一視野に写っている恒星を基準としたLinked Trackingによる測定結果




図4 Linked Trackingを用いない場合の測定結果




図5 月縁の輝点を利用したLinked Trakingによる測定結果



4.コンポーネントの等級

Limvie Ver.0.9.27 は、指定された区間の光量の平均値と標準偏差を計算する機能を持っている。 Ver 0.9.27bでは、Averagingボタン、Ver 0.9.27bではNoise Reduction ボタンをクリックして現れるウインドウにその操作部がある。操作は簡単で、計算対象の開始フレームと終了フレームの番号を入力することによりそれらの統計量が計算され、表示される。

月のカスプに近い位置で起こった掩蔽であることから、月の明部の影響があり、月が遠ざかるにつれてわずかずつ測定値が減少する傾向にある。それに対しては、何らかの補正が必要であるが、今後検討を行うこととし、ここでは以下のような簡便な方法を用いておく。この現象では、ステップの長さが90フレームほどと、それほど長くないことから、出現前と伴星出現後についても、同じフレーム数で比較することにより、月縁の影響を最小限となるようにした。測定結果を表1に示す。また、等級の計算と結果を表2に示す。


ワシントン重星カタログでは

09376+1528A 2479 1912 1995 15 258 206 0.3 0.2 9.23 9.87 F8

XZ Double Star File に基づく、Occultの重星の表示は

98678 is double : 8.6 9.2 0.26" 236.9

である。

一方、石田氏による観測から得られた値では、主星と伴星がほぼ1等級異なる。石田氏の観測時のガンマ補正はOFFである。ビデオカメラWAT100Nは、サチレーションを起こした場合や極端な低照度である場合を除き、光量と出力の間に高い直線性が確認されている。等級に関して、カタログの記載事項について、検討が必要である。


図6 光量の平均値の測定



表1 光量の測定値


開始フレーム

終了フレーム

フレーム数

光量平均

標準偏差

潜入中 

No.181

No.271

91

-1.2

53.2

主 星

No.278

No.368

91

516.0

69.0

主星 + 伴星

No.380

No.470

91

710.7

79.0


表2 等級の計算



5.現象時刻

Limovie 0.9.27は、KIWI-OSDとともに、TIViの時刻も、時・分・秒ともに読み取る機能が加えられた。TIViは、文字の形状が固定されているKIWI-OSDと異なり、横方向に伸縮が自由であることから、KIWI-OSDほど正確に読み取れるわけではない。文字サイズを標準の状態にセットしておくと読み取りやすくなる。画面右側の KIWI にチェックを入れ、画面左下のTIViラジオボタンをクリックしてから、画像上の「時 (hour)」を示す数字の左上隅をクリックすることで時刻表示を認識する。なお、表示される読み取り値が正しくない場合はKIWIの表示の左にあるThresholdの値を様々に設定して、画像上の数字の左隅をクリックする、ということを繰り返すことで、最適値を探す必要がある。バックグラウンドが充分暗い画像の場合はデフォルトの110、バックグラウンドが明るい場合は150160に設定した後、数字の横をクリックするとよい。現在(Nov.4 2007)のところ、この機能はテスト中であることから、お気づきの点があればお知らせいただきたい。なお、Threshold値は、主として数字の位置を認識する(青い枠で囲む)ためにはたらいており、位置の認識後の個々の数字の読み取りにはほとんど関係しない。

時刻の秒表示は、フィールド露光終了時の精密時刻を表す。通常のフレーム単位の測光の場合は、秒表示の左側にあるものをフレーム中央時刻として扱えばよい。LimovieDiffarction 機能のOffset値を、その秒数に加算することで、シミュレーションにより推定された現象時刻を得ることができる。

図7 図8 に、解析の様子を示す。これより、現象時刻、


主星出現

05h 16m 19.05s +/- 0.01s

伴星出現

05h 16m 22.43s +/- 0.02s


を得た。

これより、主星のみが出現していた時間は、2.38+/- 0.03である。

予報より期待される現象の時間差 Dは、

D = absolute( cos( Pm - Ps) ) * Se / Rv

Pm : 現象の月縁における位置角。

Ps : 主星に対する伴星の位置角

Se : 主星と伴星の離角

Rv : Relative Velocity , 恒星に対する月の相対角速度の、月縁と垂直な方向の成分

により計算できる。

Occult Ver 3.6による予報は、”98678 is double : 8.6 9.2 0.26" 236.9” であり、これより、期待される減少の時間差は、1.64秒である。

観測からの推定値は、この期待値に対して約1.5倍大きな値となっている。星食観測から得られる時間差は、月縁の形状によっても変わってくることから、主星と伴星の位置関係については、他の観測とあわせて確認していく必要がある。




図7 回折シミュレーションのフィッティング(主星の出現)




図8 回折シミュレーションのフィッティング(伴星の出現)